<コラム21> 前庭感覚細胞は凄い!

身体のバランスをとる前庭器は半規管と耳石器の2つに分けられます。半規管(semicircular canal)には前半規管と後半規管の2つの垂直半規管と外側半規管との3つがあり、耳石器には球形嚢(saccule)と卵形嚢(utricle)とがあります。半規管の膨大部陵(crista ampullaris)と耳石器の感覚上皮には感覚受容器細胞である前庭感覚細胞が存在します。前庭有毛細胞のヒトでのおおよその数は1個の半規管で7,600、卵形嚢で33,000、球形嚢で18,000です。

前庭感覚細胞にはⅠ型とⅡ型の2種類があります。これは私の恩師であるスウェーデン、カロリンスカ研究所のJan Wersäll教授により1956年に世界で初めて発見されました。Ⅰ型細胞はフラスコ型で頸部は長く、底部は丸くなっており、細胞体は大きな求心性の神経終末(神経杯:nerve chalice)で取り囲まれています。Ⅱ型細胞は円柱状で、求心性、遠心性の神経終末がボタン状に細胞底部に付着しています。

前庭感覚細胞表面には1本の動毛(kinocilium)と不動毛(stereocilia)という2種類の感覚毛があります。動毛は1本で長く、細胞表面の片側に位置し、不動毛は60〜100本存在し、短く、5~8段の階段状に並んで束となっています。前庭感覚細胞は前述したように、その大きさと形で I型細胞とII型細胞に分けられますが、高分解能走査電顕によって、細胞体そのものだけでなく、表面の感覚毛の観察が行われ、I型細胞は比較的長い不動毛を持ち、Ⅱ型細胞は短い不動毛を持っていることが分かりました。

図:前庭感覚細胞の走査電顕像

Ⅰ型細胞(緑)はフラスコ型で頸部は長く、底部は丸くなっており(図左)、比較的長い不動毛を持っている。Ⅱ型細胞(赤)は円柱状(図左)で短い不動毛を持っている。

 

感覚毛にはtip linkとside linkという2つの感覚毛間連結機構が存在しています。side linkは感覚細胞および感覚毛表面を覆っているグライコカリックスと呼ばれる複合糖質です。その役割は、感覚毛束としての形態を保つとともに、表面の陰性荷電とside linkにより感覚毛間の距離を一定に保持することで、一つの感覚毛が刺激により湾曲したときにすべての感覚毛が協調して一つの束として運動することに役立っています。

tip linkは不動毛の先端から隣接する不動毛に向かう連結構造で、感覚毛が動毛側へ傾いた時に張力を与えることで不動毛のイオンチャンネルを開放し、感覚細胞を興奮させる働きがあります。これは、感覚細胞の機械刺激変換機構(mechano-electrical transduction mechanism)と呼ばれ、前庭器では体の回転や重力などの機械的刺激を感覚細胞が神経に伝わる電気信号に変換するものです。さらに、感覚細胞の興奮仕方には1型細胞とⅡ型細胞とでは差があります。Ⅰ型細胞では刺激に対して不規則な細胞興奮と動的(phasic)応答(細胞興奮がランダムで、一定時間、一定速度の機械的刺激に対して刺激開始直後に高頻度の興奮を示す)を示します。Ⅱ型細胞は規則的な発火と静的(tonic)応答(細胞興奮が比較的等間隔で持続し、一定時間、一定強度の機械刺激に対して刺激期間中細胞興奮が持続している)を示します。簡単に言えば、じっとしていたり、体を動かしていないときにはⅡ型細胞が主に働いており、急に飛び上がったり、急に振り向いたりするような急な動作の時にはⅠ型細胞が主に働くという具合になります。

図 前庭感覚細胞興奮機構

静止時:tip linkが不動毛の先端のイオンチャンネルとその隣の少し長い不動毛をつないでいる。

屈曲時:不動毛が矢印の方向に傾くと、tip linkに引っ張られてイオンチャンネルが開き、内リンパ液中のK+が有毛細胞内に流入する。これにより感覚細胞が脱分極して電気信号が発生し、前庭神経を経由して刺激を脳に伝える。

 

このように、前庭感覚細胞は体のバランスをとるための最小単位であり、この細胞が機械的刺激を電気的刺激に変換する凄い働きをしている事を理解していただけたと思います。この前庭感覚細胞が壊れると前庭器からの信号が弱くなり、めまいを起こすことになります。実際、前庭感覚細胞はある種の抗生物質や抗がん剤で容易に障害されることが知られています。また、加齢とともに前庭感覚細胞の数が減ってくることも分かってきており、加齢性平衡障害の原因にもなっています。けれども幸いなことに、これらの障害も障害早期に治療することや、バランスの取れた食生活、適切な運動、成人病の予防などで少なくできることも分かってきました。前庭感覚細胞を大事にしてめまいを克服していきましょう。

 

昨年は、めまいセンターの言語聴覚士の4人が日本めまい平衡医学会認定の平衡機能検査士を取得しました。日本全国で4人もの平衡機能検査士を要する施設は堀病院めまいセンター以外には無く誇るべきことと思います。今年は日本一のめまいセンターを目指してスタッフともども頑張っていきたいと思います。

本年も「堀病院 めまいセンター」をよろしくお願いします。

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