「腕前は誰にも負けないぐらい最高に良いが態度が悪い医者と、人柄的に穏やかで優しいが腕前がイマイチな医者がいたら、皆さんはどちらの医者を選びますか?」
よく言われる選択です。理想的には、両方のバランスが取れている医者が一番ですが、どちらかを選ばなければならない場合、その基準は何を重視するかによります。
一般的に言えば、人柄が良い医者は、患者とのコミュニケーションが円滑で、安心感を与えてくれます。治療の過程でのストレスを軽減し、患者の気持ちに寄り添ってくれることが多いでしょう。一方、腕が良い医者は、専門知識や技術が優れており、正確な診断や効果的な治療を提供してくれる可能性が高く、治療の成功率が高く、複雑なケースにも対応できるでしょう。どちらを選ぶかは、あなたの価値観や状況によると思います。例えば、長期的な治療が必要な場合は、信頼関係を築ける人柄の良い医者が良いかもしれません。一方で、緊急の手術や専門的な治療が必要な場合は、腕の良い医者を選ぶ方が安心かもしれません。
医者である私個人としては、先ほど述べた、どちらの医者が良いかという事であれば、どちらも嫌です。その理由ですが、私は良く医者を料理人に例えます。これには多分に私が頭頚部外科医としてがん治療に携わり、数多くの手術をこなしてきたことにも関係していると思います。「包丁一本サラシにまいて」という料理人の歌がありますが、外科医の修行も料理人の修行と似たところがあります。外科医と料理人の両方ともに、非常に精密な技術を必要とし、長い時間をかけて経験とスキルを積むことに共通点があります。どちらも手先の器用さ、正確さ、そして集中力が求められますし、プレッシャーの中でも冷静に作業を進める能力も求められます。また、創造性も必要です。外科医にとっての創造性とは患者ごとの個別の状況に応じて最適な手術方法を選ぶことであり、料理人は食材を活かして一皿の料理を完成させることだと思います。共に芸術と科学の融合と言えるかもしれません。良い外科医も良い料理人も、単に技術があるだけでなく、創造性と細部へのこだわりも持っており、どちらも結果に対して責任を持ち、最善を尽くす姿勢を大切にします。
この観点からみると、先の問いは、すごく美味しい料理を出してくれるけど、店は汚いし店主は不愛想で、気に入らないと客に怒鳴り散らす。こんなお店と、にこやかで、人あたりも良く、店の雰囲気は最高でリラックスできるけど、いかんせん料理がいまいち…食べられないことはないけど。この2つでどちらを選ぶかです。時間やお金に余裕があれば、料理がおいしくて雰囲気の良いお店を探します。ただ、時間もなくて、とにかくおいしいものを食べたいなら、前者で妥協します。このような視点で医者について考えれば、理想は両方を兼ね備えた医者ですが、救急の場合ならばとにかく、腕が優先という事になるかと思います。人柄については我慢をすれば耐えることができますが、技術がないなら、そもそも病気が治らないからです。
それでは具体的に悪い医者と良い医者について述べてみましょう。
悪い医者は、患者の話を聞かない。電子カルテの画面ばかりを見て患者のほうを見ない。検査で異常がないと「悪いところはありません」とすぐに切り捨てる。昔の知識のままで、最新の医療情報に疎い。自分のよくわからないことをわからないと正直に言わずにごまかす。
良い医者は、まず技術的なスキルが優れている。加えて、豊富な知識があり、常に最新の医療情報を学び続ける姿勢を持っている。さらに、患者とのコミュニケーション能力も優れており、患者やその家族にわかりやすく説明でき、信頼関係を築くことができる。そして、予測できない状況に対処するための冷静さと判断力、緊急時にも落ち着いて適切な判断ができる能力がある。自分もそのような医者に成りたいと思って日々努力していますが、成れたとはとても言えません。
最後に、皆さん、色々なお医者さんに会ってきたと思いますが、もし皆さんが、この先生なら信頼でき、安心して任せられると思う先生がいたら、ぜひつかまえておいてください。なにしろ、日本の医療制度では、レストランのように、三ツ星高級店と大衆食堂とで値段に大きな差があるわけではなく、基本的に大病院だろうが診療所だろうが、良い医者であろうが悪い医者であろうが医療に支払う値段に差はないのですから。